BARKS NEWS

2006年04月10日

THE MAD CAPSULE MARKETS

THE MAD CAPSULE MARKETS、このバンドを書く時が来た。
いささか早いような気もするが、書き記すこととする。
先日THE MAD CAPSULE MARKETSが活動休止を宣言した。
KYONO、TAKESHI(CRA\)、MOTOKATSUの3人が歩んできた道と共にオレのMAD人生があった。
このバンドなしには今のオレの音楽ライフはない。

MADとの出会いは今から14年前くらいまでさかのぼる。

当時、本屋で音楽雑誌を立ち読みしていた時に、BUCK-TICKの今井寿が、「今一番気になるアーティストは、邦楽ならTHE MAD CAPSULE MARKETS、洋楽ならCURVE」というコメントが載っていた。
THE MAD CAPSULE MARKETS?面白い名前だなぁー、などと高校生のオレは思っていた。
そして、ある日のこと。毎週木曜日に聴いていた布袋寅泰のミュージックスクエア(NHK-FMで放送していた)にて、日本のバンド特集を組む日があった。
そこで布袋が流したのはBLANKEY JET CITYの「絶望という名の地下鉄」とTHE MAD CAPSULE MARKETSの「SELF CONTROL」「MORMOT」であった。
それを聴いた瞬間にぶっ飛んで、その名を忘れられなくなった。

津田沼のレコード屋で初めて買ったのが『HUMANITY』であった。
当時はオマケで"MAD新聞"なるものが付いていたw。
その音に触れた瞬間に、その反骨精神にやられて速攻でとりこになった。
それからすぐに『POP』と『CUPSULE SOUP』を買ったくらいだ。
そして、オレの高校生活は布袋、BJC、MADの3つばかり聞きまくって過ごすことになる。

3rdに当たる『SPEAK!!!!』には思い出があった。
MADの3rdが発売されるとの事で、新星堂に買いに行った。
そしたらどこにも売っていない!。
仕方ないので取り寄せてもらうことになった。
そう、当時のMADは取り寄せなければ手に入れることが出来ないくらいの人気であったのだ。
「すみません、THE MAD CAPSULE MARKETSのSPEAK!!!!はどこにありますか?」などと店員に聞いても、「は?MAD?」というレベルであった。

高校生の頃は学校の友達とかに「THE MAD CAPSULE MARKETSが最高にいいぜ!」と教宣していた。
ところが周りの連中ときたらB'zやXばかり聴いていた。
「MAD?こんなタチ悪そうな連中がいいの?」と邪険に扱われて、CDを貸してもまともに聞こうとしなかった連中ばかりだった。
当然のことながら家に遊びに来てもMADを大音量で流して聞かせてた。
こいつらはいつか必ず来る!と思いつつ…。

4thの『MIX-ISM』は高校3年生の頃に発売された。
これは今でも覚えている。家の近くのレコード屋で買った。
この頃から何となく名前が浸透してきたようで、予約なしでも買えるようになった。

10代の頃はGIGSという雑誌を立ち読みすることが習慣となっていた。(今でもたまにするがw)。
そして、MADのライブレポ(チッタや日清パワーステーションなど)を読んでいるうちに、いつの日かライブに行きたいなぁとずっと思っていた。
そして、ついに渋谷公会堂のチケットを手に入れることが出来た。
周りの連中はかなりヤバイ連中が集まってくる、そういつも雑誌に書いてあった通り、渋公の周りはかなりキテイル連中ばかりであった。
初めて生で見るMADはかなりかっこよかった。
うわぁー!すっげー!って感じで、一心不乱に盛り上がった記憶がある。
アンコールを待っている時も、周りからは「MAD早く出てこーい!」「かっこつけんじゃねーよ!」「ぶっ殺すぞー!」などと、殺伐とした空間がMADのライブに来ているという実感を感じさせてくれた。

5thの『PARK』発売ライブは日比谷野音で行われる。
渋公以降、毎回ライブに行き続けることになった。
予備校生だったオレは、勉強はほどほどに音楽ばかり聴き続けていた。
カバンにはMADのバッジをつけて歩いていたほどに。

6thになる『4PLUGS』からMADに微妙な変化がおとづれる。
英語で歌を歌うようになった。
これは世界を視野に入れての作品であると知ったのは後のこと。
当時はあまり好きなアルバムではなかった。
しかし、このツアーのファイナルである赤坂ブリッツのライブに行って、初のスタンディングを経験。
死にそうになったのを今でも覚えている。
荒れ狂うようなダイブ、モッシュにすごさと恐怖を覚えるが、いつの間にかそれが楽しくなっていた。
「神歌」なんかは今でも地獄絵図だが、当時から凄かったw。

そうそう、この頃から客層が微妙に変わり始めていた。
昔は皮ジャンに白いシャツに黒いネクタイというのがMADのファンのオーソドックスなスタイルであった。
4PLUGS以降はTシャツに短パンというスタイルに変容しつつあった。
当然ながら、バンドもそのような格好を好んできた。
逆を言えば黒いネクタイを締め付けた連中は徐々に見えなくなってきたのだ。
それと同時にあの"エール"も消えつつあった。。。

7thになるのかどうか分からないが、『THE MAD CAPSULE MARKETS』なるベスト盤をここで出す。
過去の曲を全曲取り直したという代物。なかなか面白いものがあった。
このベスト盤を機にギターのISHIGAKIが脱退してしまう。
脱退の理由は「方向性の違い」というものであった。
もともとISHIGAKIは他のメンバーと違っていて、趣味等が変わっていた。
他のメンバーはラフな格好なのに、彼だけはいつまでもスーツを着ていた。
また、MADのメンバーでゴルフをやるのは彼ぐらいなものであろうw。
個人的にはISHIGAKIはいい味を出していたので非常に残念であった。

7thとなるのが『DIGIDOGHEADLOCK』である。
このアルバムから大きな転換期を迎える。
今まではPUNKという名の下に活動をしていたのだが、このアルバム以降デジロック(デジタルロック?)に変容する。
ただ、このアルバムはそれほど注目度はなかったので、彼らが彼らたるアルバムにはなり得なかった。
その狼煙を上げたのが「SYSTEMATIC」という曲である。

MADもここら辺あたりからイベントを始めだした。
その名も"MAD HOUSE"。マッドハウスである。
川崎クラブチッタにてvol.2に行った事があるが、その面子は今考えると凄かった。
KEMURI、SOBUTというバンドはこのイベントで知った。
当時は自分たちではイベントをやるけど人のイベントには決して出ないというイメージがあった。
(21世紀になってAIR JAMやサマソニなどに出始めた)
その前にフェスやイベントなんてそんなになかったが。

そして、8thとなるのがあの『OSC-DIS』である。
このアルバムを以ってMADが世に知れ渡るようになる。
観客もファンも知名度も格段とアップした。
何故このアルバムがそんなに良かったのかというと、かなり聞きやすいアルバムであることは間違いない。
同時に彼らしか出来ないデジロック(いわゆるMAD節)はこれがこれからの基礎となった。
何よりもスマッシュヒットとなった「PULSE」「GOOD GIRL」もこれに収録されている。

その後、9thの『010』、10th『CiSTm K0nFLiqT...』につながり、ベスト盤を2枚出して活動停止となった。

よく、MADの歴史を分ける時にどのようにして分けるのかが話題となるが、個人的に言わせてもらえれば以下のようになるのではないだろうか。
初期:HUMANITY〜POP
前期:CAPSULE SOUP〜PARK
転換期:4PLUGS〜DIGIDOGHEADLOCK
後期:OSC-DIS〜CiSTm K0nFLiqT...

MADの魅力はどんなところであろうか。
個人的には暴力的なサウンドにある。
10代20代30代と聞きわたるMADサウンドにはいつも激しさがあり、オレらと戦う何かがあった。
ライブに行けば若かりし頃はMADと戦うようにライブに臨んだ。
最近ではMADと同化すべく、委ねるようにその渦中に身を投じた。
拳を突き上げ「MAD−!!!」と叫んだ。
また、歌詞は前期まで、「あなた」は「テメエ」「ぼく」は「オレ」で表現していた。(後期は「テメエ」とか言う言葉を使わなくなってしまったがw)
音の変化は長年ファンをやってきたオレらにとっては劇的である。
誰が10年前にPRO TOOLSを使って曲を作ると想像しただろうか?。
より激しい音を追い求めた結果がこうなったのだろう。
近年のライブでは昔の曲をやらなくなってしまった。
それはそれで寂しいのだが、今を追い求める彼らを考えると致し方ない面もあったのかもしれない。

もう一つはファッションである。
前期のファッションはまさしく反体制、PUNKSであった。
オレも相当まねをしたw。
後期はちょっとKIDSっぽくなった。
オレも相当まねをしたw。

最後はメンバーであろう。
VOCALのKYONOは吠えるようにシャウトする。独特の声で攻撃的に攻め立てる。
BASSのTAKESHIは軽くステップを踏んでズブズブと分厚いベースを響かせる。
DRUMSのMOTOKATSUはバスドラを大きな音で鳴り響かせて、リズムを打ち込む。
この姿を見たものは誰もがMAD中毒になるはずである。

THE MAD CAPSULE MARKETS=狂薬売店
今でも色あせることのない音楽を提供してきた。
MADサウンドなる唯一無比の音は誰も追いつくことが出来ないであろう。
また活動再開する日が来るであろう。
その時まで楽しみにしている。


posted by tarutaru at 01:21| Comment(4) | TrackBack(2) | BAND/ARTIST | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あ、熱いですな。。

長文乙。
Posted by ぴ at 2006年04月10日 09:03
確かに長いですね。
書き続けたら長くなった。
それだけMADは想いがある。
Posted by tarutaru at 2006年04月11日 23:45
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Posted by gucci 財布 アウトレット at 2013年07月21日 13:32
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Posted by ブリーフ at 2013年08月03日 22:30
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今井 寿
Excerpt: BUCK−TICKのリードギタリスト。右利きなのに、左利きのギターを持つという、型にはまる事を嫌う性格は、その音楽性にも活かされている。
Weblog: ギタリスト.net
Tracked: 2006-04-15 16:42

布袋 寅泰
Excerpt: BOOWY、COMPLEXなどの日本を代表するバンド、ユニットで、その卓越した ギターテクと、音楽センスで、日本の音楽界を変えた男。 個性的な音楽と共に、個性的なキャラクターも人気の一因である。
Weblog: ギタリスト.net
Tracked: 2006-04-15 19:08
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